大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所 昭和37年(ワ)177号 判決 1968年11月25日

原告 国家公務員共済組合連合会

被告 葉山温泉観光株式会社

主文

被告は、原告に対し、山形県上山市高松地内から採取する温泉のうち、毎分三〇・六リツトル(一斗七升)の割合で、これを同地内葉山温泉所在国家公務員共済組合連合会上山保養所蔵王荘へ給湯しなければならない。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

主文同旨

の判決

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決

第二、請求原因

一、訴外西方利馬(以下単に西方という)は山形県上山市高松地区(上山市高松字葉山下一六五九番の九、同番の一〇)において温泉の採取利用を内容とする権利(以下源泉権という)を有していたところ、昭和三六年四月被告は右権利を買受け、現にこれを所有している。

二、原告は国家公務員共済組合法に基づき、連合会加入の国家公務員共済組合をもつて組織する特殊法人であるが、前記葉山温泉地区内に右組合員の保養を目的とする保養所「蔵王荘」を開設経営するに当り、先ず、昭和二八年九月二五日、当時、源泉権を所有していた西方との間に、西方が原告に対し、金二〇〇万円の代価で前記源泉から湧出する温泉のうち毎分一斗二升を使用する権利を永久譲渡し、西方はこれを右「蔵王荘」において原告に供給する旨の仮契約を締結し、同年一一月一〇日公正証書を作成して右同旨の本契約を締結し、次いで、昭和三一年一月一三日にも公正証書を作成して、西方は原告に対し右温泉のうち毎分五升を使用する権利を代価九五万円で永久譲渡し、前同様「蔵王荘」においてこれを供給する旨の追加契約を締結した。

三、そこで、原告は爾来前記源泉地から右「蔵王荘」まで設置した送湯施設を通じ、毎分合計一斗七升の給湯を受けてきたところ、西方はその後、無定見に右温泉の採取量を超えて第三者との間に新規の温泉供給契約の締結を重ねたため、温泉利用者全員に対する契約所定量の供給に不足を来たすに至つたところから、やむなく、他の温泉各利用者の経費負担において、数回にわたり揚湯ポンプ座の切下げ等、揚湯量増加のための工事を施し、その結果契約配湯量の七割を確保するに至つた。しかし、原告はその公益的性格にかんがみ右のような理由のない工事費用の分担には応じられないので、これを拒んだところ、西方は一方的に契約配湯量の五割を減じ、毎分八升五合の送湯をなし、その余の送湯を拒否し、さらにその後に右源泉権を取得した被告は原告に対し、温泉供給義務がないと主張して送湯を停止せんとする態度を示している。(なお、現在原告の申請にかかる山形地方裁判所昭和三七年(ヨ)第八二号送湯妨害禁止の仮処分事件における同裁判所の仮処分命令により、被告は前記「蔵王荘」に毎分八升五合の割合による送湯を継続している)。

四、ところで、原告が前記契約によつて設定した温泉利用権は、西方の所有する源泉権の上に設定された用益物権(他物権)であるから、その権利設定後に右源泉権を取得した被告に対し、これを対抗し得ることが明らかである。即ち、

(一)  原告の取得した本件温泉利用権は「一定量の温泉の永代の利用権」として、それ自体独立の経済価値を有するから右源泉権とは別個独立に取引の対象となつて、物権としての性質を具備するものである。そしてさらにその物権の要件としての公示方法として、後記するが如き一般慣行上の明認方法の存在することが認められるから、これに慣習法上の用益物権の成立を是認し得ることが明らかである。この点については、明治以前のいわゆる旧慣行のもとに成立した温泉利用関係についてのみでなく、近代法の下において成立したものについても、その解釈を異にすべき理由はない。

(二)  そして、原告と西方との前記譲渡契約が、右慣習法上の物権の性質を有する温泉利用権の設定を目的としたものであることは、(1) 右契約に西方が原告に対し本件温泉利用権を「永久に譲渡する」ものである旨が明記されていること、(2) 右譲渡の対価は合計二九五万円という高額のものであり、しかも契約の際一括支払うべきものと約定されていること、(3) 右契約中には、西方が源泉権を他に譲渡する場合、その譲受人に対し、原告との契約によつて生じた権利義務の一切を承継させる旨の条項があり、一方、原告が本件温泉利用権を他に譲渡するについては、なんらこれを制約する規定がないこと、(4) 右契約は、国家公務員共済組合の保養所「蔵王荘」という恒久的な設備へ引湯する契約であること等の諸点を綜合すれば明瞭である。

(三)  また、原告は右温泉利用権の設定前より前記のとおり葉山温泉地区内に前記保養所「蔵王荘」を建設運営し、その浴槽その他の使用設備に現然と配湯管を通じて源泉地より引湯していたのであり、これをもつて原告が右温泉利用権を有することを外部的に認識し得る明認方法ということができる。

さらに、原告が本件温泉利用権を有することについては、同温泉地区内の温泉利用権者を示す書類等に明記され、かつ山形県衛生部薬務課および山形保健所の各備付にかかる葉山温泉関係書類にも登載されているから、原告の権利取得はその面からも第三者が確認し得べき状態におかれている。温泉利用権の慣習法上の公示方法としては、右の如き各事実をもつて充分であり、必ずしも一部においてみられるように、源泉地等に対する所有権或いは地役権の設定登記をしなければ公示方法となり得ないとは解されない。

(四)  かりに、右明認方法が物権の対抗要件として充分でないとしても、被告は本件源泉権の譲渡を受けた際、原告が西方との契約により、右源泉地における温泉を引湯利用する権利を取得していた事実を知つていたばかりでなく、西方自身被告会社の代表取締役の地位にあつたものであり、しかも、西方と被告との間で、右源泉権を譲渡することにより、その上に有する原告の温泉利用を消滅させる意図でなされたものであるから、被告を「信義に反する悪意者」というべきであり、物権の対抗要件の欠缺を主張し得る正当な第三者ということはできない。

(五)  また、本来対抗要件たる公示方法を必要とするのは、権利の存在を取引関係に立つ善意の第三者に知らしめその利益を保護するためのものであるから、対抗要件の欠缺を主張する第三者が悪意である場合は、その者に対する対抗要件として要求される公示方法の程度に影響をおよぼすことは当然である。本件において原告が公示方法として指摘するところは、この観点からして悪意の第三者たる被告に対し、対抗要件として充分のものである。

五、原告の本件温泉利用権が物権としての対抗要件を備えておらず、あるいはそれが被告主張の如く債権に過ぎないものとしても、被告は、西方が契約を無視して、無軌道に、揚湯限度を超えて空売りをした後を受け、これと結託し、巧妙な法律技術を弄して、その追及を逃れようとしているうえ、同三六年四月本件温泉権を取得してから、経費分担額について紛議が生じた同三七年六月に至るまでの間、一年余にわたつて従来どおり送湯を継続して来たのにその後に至つて原告との間の本件温泉利用の権利関係を消滅せしめることは、著しく信義に反し、権利の濫用たるを免れない。

六、よつて、原告は被告に対し、前記源泉から採取する温泉を一分間一斗七升の割合で前記「蔵王荘」において給湯することを請求する。

七、被告の信義則違反の主張に対しては次のように反駁する。

原告が現実に温泉の供給を受けているのに、温泉供給経費分担額の支払ないしは弁済供託しないのは、被告が原告を本件契約の当事者として認めず、その提供する契約所定経費等の受領を拒絶することが明白であるため、当初行つていた供託手続をしないまでのことであり、原告としては、いつでも契約所定範囲内の経費を支払う用意がある。

第三、被告の答弁および反駁主張

一、請求原因一項は認める。

即ち、本件源泉権は昭和三六年四月一〇日所有者西方から代金五五〇万円で訴外大沼勘四郎に、同月二一日右訴外人から同額の代金で被告に順次譲渡されたものである。

二、請求原因二項中、原告が原告の主張するような性格の特殊法人であること、原告が山形県上山市高松所在葉山温泉地区内に国家公務員共済組合保養所「蔵王荘」を経営していること、原告が西方との契約により本件源泉地において湧出する温泉を利用する権利を取得したことは認めるが、その契約内容については不知。

三、請求原因三項中、原告が本件源泉から右「蔵王荘」まで通じた送湯設備を通じ、同所に引湯していたこと(引湯量の点を除く)、被告が原告に対して原告主張の温泉供給義務を負担していない旨主張し原告の温泉利用権を認めない態度を示した事実のあることは認めるが、その余は不知。(なお、原告主張の仮処分命令がなされたこと。被告が「蔵王荘」に原告主張の温泉量を供給していることを認める。

四、かりに、原告が西方との間で、請求原因二項で述べるような契約内容の温泉利用権の設定契約を締結したとしても、それは西方がその所有する源泉から一定量の温泉を送湯供給することを内容とした債権契約であり、原告が主張するような物権としての利用権を設定したのではない。そして被告は本件源泉権の譲渡を受けるに際し、西方の原告に対する右契約上の地位を承継していないから、被告に原告に対する温泉の供給義務はない。

五、原告は西方との契約によつて取得した温泉利用権の性質は物権である旨主張するのであるが、明治以前の旧慣行の下において成立した温泉利用関係については、慣習法上の物権と認められる場合のあることは首肯されるとしても、近代法の支配する時代において成立した温泉利用権に対し慣習法上の物権としての性質を認めることは許されないというべきである。ところで、被告の本件源泉権は前所有者の西方が終戦直後の昭和二二年頃資本的企業として、掘さくして開発したものであつて、初めから近代法の法的規制を受けてその権利関係を形成しているのであるから、その上に設定された原告の温泉利用権について慣習法上の物権の成立を認める余地はない。

六、かりに、温泉利用権が近代法の支配する下においても物権として成立することが可能だとしても、原告と西方との間の前記契約は、原告が主張するように物権としての温泉利用権の設定を目的としたものではない。

そもそも、原告の取得した温泉利用権が、物権又は債権のいずれの法的性質を有するかを決するには、原告の主張する二、三の契約条項ないし事実関係のみによるべきではなく、当時西方が原告以外の十数名の温泉利用者との間に締結した温泉供給契約の内容との比較のもとに、その契約条項全般を綜合的に検討し、併せて契約当事者である西方の契約意思、契約締結の経緯その他の関連事項をしんしやくしてなされるべきである。この点について逐一検討すると次のとおりである。即ち、

(一)  西方は原告と前記契約を締結する前に、既に訴外東北配電株式会社健康保険組合外十数名の者と各別に温泉供給契約を締結してあつたのであるが、それらの契約はその契約内容からみて、いずれも西方がこれらの者に一定量の温泉を供給することの債務を負担した債権契約であることが明らかであるところ、原告の契約は、次の点を除いては、その対応条項の文言および内容が全くこれらのものと同一である。

(1)  契約書の表題が、原告の契約においては「温泉譲渡に関する契約書」とあるのが、右訴外東北配電のものは「温泉供給に関する契約書」、その他の温泉利用者のものは単に「契約書」となつていること。

(2)  契約前文の文言が、原告の契約においては「湧出する温泉の一部を原告に譲渡することに関し契約する」とあるが、他の温泉利用者のものには「湧出する温泉を利用者所有の浴場に供給することに関し契約する」となつていること。

(3)  原告の契約には、西方が温泉湯出量の一定量を「永久に譲渡する」旨の文言があるが、他の温泉利用者のものにはその記載がない。

(4)  原告以外の温泉利用者の契約書には、いずれも温泉の受給権の全部および一部の処分につき西方の書面による承諾を必要とする旨の約定があるのに、原告の契約には右のような処分制限の約定がない。

(二)  前記の事実に照らすと、原告の契約の契約書は、西方が既に他の温泉利用者との間に締結してあつた前記温泉供給契約の契約書の条項に準拠して作成されたものであることが明らかであり、このことは、西方が他の温泉利用者との契約の場合と同様、債権としての温泉利用権を設定する意思で原告との契約を締結したことを裏付けるものである。

ところで、原告との契約においてのみ、その契約書に温泉の「永久譲渡」および「一部譲渡」の文言が用いられ、また権利処分についての制限規定の記載がないのは、右契約書(公正証書)を西方がその代理人によつて立会作成させたため原告側の申出のままその準拠契約条項と右のように一部異つた約定をしたものであり、西方もその契約条項全体からみて、債権としての温泉利用権を設定するものであることの基本は異ならないと考え、そのままこれを看過したものである。

(三)  原告の契約の契約書に、温泉の「永久譲渡」および「一部譲渡」の文言が一部用いられているとしても、その他の契約条項には「給湯」および温泉の「供給」なる文言がみられるうえ、さらに原告と西方との間において右契約に附帯して「原告は西方に対し、他の利用者と同様冬季五〇度以上の温度を保持して温泉を供給すべき責任を負担させる」旨を明文をもつて約定しており、これら約定を全体的にみると、原告の契約は西方が原告に対し、温泉供給債務を負担したに過ぎないことが推知される。

(四)  また、原告の契約の契約条項中には、原告の温泉利用権が債権であることを推認させる条項として次のとおり指摘することができる。

(1)  原告の契約には、西方の責に帰すべからざる事由により温泉湧出量が減退した場合は、他の温泉利用者と共に各その契約供給量に比例して減量するも原告は異議ない旨の約定がなされているが、これは、債権契約である以上、たとえ湧出温泉量が減少しても西方に契約所定量の供給義務があるとするのを原則とするも、債務者たる西方の責に帰すべからざる原因による湧出温泉量の減退の場合に限り、例外的にその温泉供給義務の緩和を図つた約定であり、かかる約定は、原告の温泉利用権が債権であることを前提としてのみ理解し得られるものである。

(2)  右契約には、西方は本件源泉権を他に譲渡した場合、西方の有する契約上の一切の権利義務をその譲受人に継承させる義務を負う旨の特約条項があるが、右条項は、原告がその権利を物権とする根拠理由とした右契約の、他の条項中の「温泉権の一部の譲渡」なる文言と矛盾することが明らかである。

(3)  右契約には、原告が給湯を受けるに伴つて生ずる各種費用を按分分担する義務を負う旨の約定があるが、これは他の温泉利用者と同様、原告の権利が一定量の温泉の供給を受けることを内容とする債権であることを前提とした条項というべきである。

(4)  また、右契約には、契約当事者双方とも、契約違反の場合、相互に損害賠償義務を負う旨の約定があるが、この約定は、西方が他に本件源泉権を譲渡した際、その譲受人に温泉供給義務を継承させない場合のあることを顧慮して、これを契約義務違反として西方に損害賠償義務を負担させる趣旨でもうけられたものとみられる。もし、原告の取得した権利が物権としての性質を有するのであれば、右のような約定をなす必要はないはずである。

(五)  原告は、原告の温泉利用権を物権とみる根拠として、その契約の条項に「永久譲渡」なる文言を用いたこと、原告が契約の際、温泉利用権の譲渡の対価を一括支払う義務を負担したこと、契約中に原告の権利の処分を制限するような条項がないことを挙げているのであるが、このことは次のとおり原告の温泉利用権を物権とみる根拠にはならないことが明らかである。即ち、

(1)  契約中の「永久譲渡」なる文言は、前記各項において詳述したところから推して明らかなように、西方をして確実に温泉供給債務の履行をさせることを狙いとし、西方を精神的に強力に拘束する意図で用いられたものに過ぎないのであつて、原告の主張するような法的意味をもつものではない。

(2)  また、右契約における原告の対価の一括支払義務の約定は、他の温泉利用者の契約内容と全く同一であり、原告の契約にのみ特に設けられたものではない。しかも、その対価額は、他の温泉利用者との契約対価額と比較すると、契約成立の時期および西方と契約当事者の特殊関係等の影響もあつて必ずしも同一でないが、温泉量一分間一升の割合につき一〇万円ないし二〇万円位の金額で決められており、原告の契約の対価額のみが高額であつたのではない。むしろ、他の契約温泉利用者の中には原告より高額の対価で契約している者もいるのである。そのような事情を考慮すれば、右対価の性質は建物等を賃借する場合賃借人が交付する権利金ないし謝礼金と同種のものと解すべきであつて、物権たる温泉利用権譲渡の対価と考えるのは誤りである。

(3)  ところで、原告以外の各温泉利用者の契約条項中には、その温泉利用権の処分についての制限条項を設けてあるのにかかわらず、原告の契約条項にそれを入れなかつた経緯および事情は前記したとおりであるが、しかし、契約書の作成立会をした西方の代理人が、この条項の除外を認めたのは、その契約において物権としての温泉利用権を設定することを意図したからでなく、国家公務員をもつて組織する原告が、一旦取得した温泉利用権を他に譲渡することは先ずあり得ないこと、権利の譲渡を予想したような規定をおくのはその体面上相当でないこと等の観点によるものであり、もし、西方の代理人が物権の設定を意図したため、右制限規定を除外したとするならば、さらに進んで、その契約条項中に、原告の権利の自由処分および物権としての公示方法を明示したはずであるところ、そのような条項は設けられていない。従つて、その契約に原告の権利処分の制限条項がないことをもつて、右契約による原告の権利が債権でないということはできない。

以上検討したところを綜合すれば、原告が西方との契約によつて取得した温泉利用権は、物権ではなく債権としての性質を有するものであることが明らかである。

七、請求原因四項(三)中、原告が右温泉利用権の設定以前より、本件源泉から前記「蔵王荘」まで設置された配湯管等の送湯施設を通じ、右「蔵王荘」の浴槽等の使用設備に引湯して温泉の供給を受けていた事実は認めるが、これが物権としての温泉利用権の公示方法たり得るとの主張は争う。即ち、上山温泉地区においては、物権たる温泉利用権を設定した場合は、源泉地を承役地とし、当該温泉利用権者の浴槽施設に至る送湯管設置土地を要役地とした地役権の設定登記をもつて、右物権の対抗要件としての公示方法とするのが一般慣習であり、これが唯一の物権たる温泉利用権の公示方法というべきである。

八、請求原因四項(四)中、被告が本件源泉権の譲渡を受けた際、原告が西方との契約により、右源泉から温泉の送湯を受けこれを利用する権利を取得していた事実を知つていたこと、西方が被告の代表取締役の一人に就任したことは認めるが、その余は否認する。

九、原告主張の本件温泉利用権が物権であろうと債権であろうと原告は、現実に温泉の供給を受けているのであるから、経費を分担すべきであるのに、任意支払は勿論弁済供託の手続さえしていないので、明らかに信義則に違反し、原告の請求は当然棄却されるべきである。

第四、証拠<省略>

理由

一、原告の温泉利用権取得の経緯

西方が山形県上山市高松地区(同市高松字葉山下一六五九番の九、同番の一〇)において源泉権を所有していたこと、原告は国家公務員共済組合法に基づき連合会加入の国家公務員共済組合をもつて組織する特殊法人であつて現に右高松字葉山地区内に国家公務員の保養を目的とする保養所「蔵王荘」を経営しているものであるところ、その開設に当り、西方との間に契約を締結し、右源泉から湧出する温泉の一定量を利用する権利を取得したこと、右契約が締結された後の昭和三六年四月、被告が本件源泉権を買受けて取得し、現にその所有者となつていることは当事者に争いがない。そして、原告と西方との間の右契約の経過および内容をみるに、成立に争いのない甲第一、第二号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三号証、証人智葉永吉、同安田久吉(旧姓白土)の各証言によると、昭和二八年一一月一〇日、西方の代理人白土久吉、原告の代理人智葉永吉との間に、公正証書を作成して、西方が原告に対し金二〇〇万円の代価で右源泉地から湧出する温泉のうち毎分一斗二升を利用し得る権利を永久譲渡し、これを右「蔵王荘」において原告に供給する義務を負う旨の契約を締結したこと、次いで昭和三〇年一二月二六日、西方と原告の前記代理人との間で、西方は原告に対し九五万円の代価で右温泉のうちさらに毎分五升を利用し得る権利を譲渡し、前同様西方がこれを「蔵王荘」において原告に供給する義務を負う旨の合意をなし、昭和三一年一月一三日西方の代理人堀川儀助および原告代理人が、前記公正証書の契約条項と同一文言をもつて、右合意につき、改めて公正証書を作成し正式に追加契約をなしたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、本件温泉利用権の性質(物権か、債権か)

そこで、原告が西方との契約により取得した本件温泉利用権が物権か否かについて判断する。

(一)  原告の取得した本件温泉利用権は、源泉権そのものが西方に依然帰属していることを前提として、その源泉地に湧出する温泉のうちの一定量につきこれを引湯利用することを内容とする権利であり、いわゆる通常源泉権或は湯口権と称されるものと同一のものでないことは前記認定したところにより明らかである。

ところで、前記上山地方の温泉地区を含む各地の温泉保養地と称される地域においては、設定当事者において、この種の温泉利用権を、当該源泉に温泉の湧出する限りその権利の存続を目的として、多額の代価で設定し、さらに、これが源泉権とは別個に、自由に譲渡取引の対象となし、源泉権者或は利用権利者のいずれに変更があつても、その権利関係を覆滅させないものとした契約のなされる事例のあることは当裁判所に顕著な事実である。しかも右のような温泉利用権は一定の温泉量につき直接排他的に利用することを内容とする権利として把握し得るものと理解されるから、右のような経済取引において、独立の直接的支配を認める価値のある温泉の利用関係の実態とその利用の態容が一般に外形的にも認識し得られる客観的状態を有する等の一定の慣行としての公示方法を具備する限り、その温泉利用権に慣習法上の用益物権の成立を肯認するのが相当である。

被告は近代法の支配の下において成立した温泉利用関係については慣習法上の物権の成立する余地がない旨主張するのであるが、しかし、温泉権ないし温泉利用権が夫々一個の財産権としての交換価値を有し、また利用権としてのそれらの権利が、債権の如く権利当事者の変更により一挙に覆滅させるべきでないとする社会的、経済的要請の強いのにかかわらず、未だ温泉の採取および利用の私法関係について何らの立法がなされていないことを考慮すると、それが近代的所有権を中心とする物権の体系に悖るものでない限り、現行民法の下においても一定の慣行にもとづいて発生し、法的確信を得るに至り、慣習法たる物権としてその存立を認めることは決して法の理想に反するものでないと解する。

(二)  原告と西方との間の本件温泉利用権の設定契約は、第一回契約および第二回追加契約とも、その契約書(公正証書)に、西方がその所有する温泉湧出量のうち一定量(第一回契約分は毎分一斗二升宛、第二回契約分は毎分五升宛)を永久に譲渡する旨の文言を記載して約定されていることは前記のとおりである。ところで、このような文言は通常債権契約にはみられないものであり、これを素直に解釈すれば、その契約により西方が原告に対し、湧出温泉のうちの一定量を引湯利用する権利を、温泉の湧出する限り、契約当事者が変つても消滅することのない権利として設定する旨を合意したものとみることができる。さらに、右契約において、原告は毎分合計一斗七升の量の温泉利用権を取得した対価として合計二九五万円の一括支払義務を負つていることは前記認定のとおりであつて、右価格は、温泉権が他に譲渡された場合、その譲受人に当然対抗し得ないような債権としての利用権の代価としては、客観的にみて高額過ぎることは明らかであり、また弁論の全趣旨によりいずれも成立の認められる乙第一、第二、第一一ないし第二八号証、甲第七号証の二ないし四によると、西方は原告との右契約に前後して、他の十数名の温泉利用者との間に、温泉利用権の設定を目的とした契約を各別に締結しているのであるが、それらの契約の条項においていずれも利用者がその権利を譲渡する等の処分をするには西方の書面による承諾を必要とする趣旨を明記していることが認められるところ、原告との右契約には、その権利の譲渡等の処分を制限するような約定がなされていないことは当事者間に争いがなく、前記「永久譲渡」の文言に、これらの事実を併せ、綜合すると、原告と西方は右契約において慣習法上の用益物権としての温泉利用権を設定したものと解するのが相当である。

(三)  ところで、被告は、右契約には原告の取得した温泉利用権が債権であることを推認させる条項がある旨主張し、甲第一ないし第三号証によると、右契約中に被告の指摘する各条項のあることが認められるのであるが、しかし、それは債権たる温泉利用権の設定契約においてのみ設けられる約定でなく、物権たる温泉利用権の設定契約が締結された場合においても、同利用権の特質上その当然の効果として認められる、他の温泉利用権者との間の権利の調整、揚湯および送湯の維持管理、契約義務の履行確保のため、被告主張のような約定をもつてそのことが明らかにされることは決して稀なことではない。当裁判所の検証の結果によつて明らかなように、本件源泉地においては、地下十数メートルに動力機械を据え、地上の機械設備と相まつて地下より温泉を揚湯し、さらにこれを各利用者に送湯するための機械設備を備え、それが全体として相当の設備施設となつているのであつて、西方(源泉権譲渡後は被告)が常時その操作看視のための従業員をおき、これを所有管理していたものである。従つて、右温泉につき物権的な利用権を設定したものとしても、その者が、別途に引湯機械を設備し、自己の契約量を引湯することは費用および維持管理の面から考えて困難であり、結局、その利用権者は送湯を受ける必要な条項を設けて西方に送湯義務を負わす約定をなすこととなるのは必然的な慣行であるということができる。原告の契約においても例外でなく、その温泉利用権の永久存続を図り、物権の効力をもたせる合意をし、既に認定したように、西方をして原告に対し、譲渡した一定の温泉量を配湯して、原告所有の前記「蔵王荘」において給湯させる旨の約定を付加したものであり、被告主張の各契約条項もこれに伴つて設けたものであることが推認できる。

次いで、被告は、契約成立の経緯および他の温泉利用者の契約内容との異同を示し、西方は原告との間においても債権としての温泉利用権を設定する意思であつた旨主張するのであるが、しかし、契約当事者がいかなる効果意思をもつて契約を締結したものであるかは、表示された行為を客観的に観察して決すべきであり、表示されない、単なるその主観的な内心の意思等によるべきでないというべく、また、その契約条項を定めるに当り他の温泉利用者の契約条項に準拠して作成されたとしても、その間に前記の重要な条項ないし表示文言を故らに相違させて作成したことから考えれば、むしろ、契約当事者は本件契約において、他の温泉利用者の契約におけるよりもより強い法律効果の設定を目的とする契約をしたものとみるべきが相当である。また、被告は、原告の本件温泉利用権の取得の代価は、他の温泉利用者のそれとほぼ同じであつて、それはいわゆる権利金ないし謝礼金としての性質を有する旨主張するのであるが、他の温泉利用者の権利自体いかなる法的性質を有するかはたやすく即断し難いばかりでなく、原告の代価の額がこれらのものと異ならないとしても、右代価が客観的にみて高額であることは先にみたとおりであり、これを権利金ないし謝礼金と認める何等の証拠もない。

かえつて本件源泉権全部の譲受代金が五五〇万円であることは被告の自認するところであるが、右譲受代金額との比較によつても明らかなように、原告の温泉利用権の代価は高額であり、その価額からして、物権たる温泉利用権の譲受代価の性質を有するものと解することができる。

なお、被告は原告の温泉利用権が債権であることを理由づけるため「永久譲渡」の意義等について見解を示しているのであるが、いずれも合理的な見解ということはできない。

結局、被告が原告の温泉利用権が物権とは認められないことの根拠として主張するところは以上のとおりいずれも理由がない。

(四)  次いで、原告の本件温泉利用権が物権としての対抗要件を備えているか否かを検討する。

本件温泉利用権のような慣習法上の物権的温泉利用権は、対抗すべき第三者が新たな権利関係に入つた当時において当の譲受人が現に送湯管の設備と営業施設等による温泉の現実支配という事実から温泉を利用していると認めるに足る客観的徴証が存在することによつてその第三者に対抗し得るものとされていることは当裁判所に顕著な事実である。

これを本件についてみるに先に認定した事実により明らかなように、原告は国家公務員の保養所なる恒久的な施設として前記「蔵王荘」を設備し、訴外大沼勘四郎や被告が本件源泉権を取得する(訴外大沼勘四郎が取得したことは証人佐藤一郎の第一回の証言から認める)数年前から引続き源泉地から右「蔵王荘」に送湯のための配湯管を通じて、(契約面)毎分一斗七升の割合で引湯し、これを直接、排他的に利用していたものである。そしてこれらの設備は全体として相当な施設物であつて、一般に、外界からたやすく認識し得る客観的な存在物として顕然たるものであるから、物権変動の際の公示方法として、第三者の保護に欠けるところがないというべきである。とすると本件の温泉利用権は、物権としての権利の変動を第三者に明認させるに足りる特殊の公示方法として充分であるから、対抗要件を具備しているものといわねばならない。

なお被告は、上山地区においては温泉利用権に物権的対抗力を具備させるためには源泉地を承役地とし、各温泉利用者の浴槽に至る土地を要役地とした地役権を設定し、その登記をもつて公示方法としている旨主張するが、甲第一ないし第三号証、乙第一一ないし第二八号証、成立に争いのない乙第一〇号証の一ないし六、証人岡崎幸雄、同村尾洋造の各証言と弁論の全趣旨を綜合すると、上山温泉地区においては多数の温泉利用者中地役権を設定し登記している者は、或る程度はいるが葉山温泉地区には地役権の設定登記を経た者は一人も存在しない。

しかも、いずれも温泉を現実に引湯利用して支配しているため、利用権の確保については何等不安を抱いていないことが認められ、他に右認定に反する証拠がないから上山地区においては、地役権の設定登記をもつて公示方法とする慣習はなく、被告の主張はあたらない。

三、被告の原告に対する温泉供給義務

原告の取得した本件温泉利用権が、用益物権たる性質を有し且つ対抗要件を備えていることは前記認定のとおりであるから、原告は右権利をもつて、その後源泉権を譲受け、その所有者となつた被告に対抗し得ることが明らかであるが、物権たる温泉利用権の効果は温泉利用というその権利の特質上ことに本件のように源泉権者が相当な規模の給湯施設を設置している場合においては必然的な慣行に基づき設定契約によつて取得した一定量の温泉に対し、排他的に直接支配してこれを利用するだけでなく源泉権者が、温泉利用者に対し契約所定量を供給しなければならない義務を内包しているものと考えられる。

更にまた、本件温泉利用権が善意の第三者にも対抗し得る物権的効力を有するものであること前記のとおりであるが、西方と原告間の温泉譲渡契約(甲第一、二号証)はその物権的効力を実効あらしめるに必要な温泉給付義務の存在を前提とし、これを本件温泉利用権と不可分一体なものとして締結されたものである。即ち所定の温泉量を直接排斥的に支配させるために、その当然の前提として西方は先ず原告に対し、所定量の温泉を配湯給付すべき義務を負担したものと云えるところであり、原告は、そのことを本件温泉利用権と不可分一体なものとして被告に対抗し得ると解されるから、この点からも原告に対し所定の温泉量を供給する義務がある。

そうだとすると、被告は原告に対し、被告が所有する本件温泉のうち前記契約による毎分一斗七升の割合をもつてこれを前記「蔵王荘」において供給する義務があると云わねばならない。

四、原告の信義則違反の有無

原告は、温泉供給経費分担額を支払わないのは被告において原告を本件契約の当事者として認めず、その提供する契約所定経費の受領を拒絶することが明白であるため、当初行つていた供託手続をしないまでのことであり、原告としては、いつでも契約所定範囲内の経費を支払う用意があると主張し、原告が本件温泉利用権を有することが確定し、温泉の供給利用ができれば、契約所定範囲内の経費を支払う意思のあることが窺われるので、被告が、本訴において原告の本件温泉利用権を争つている現段階においては、原告が右経費の支払ないしは供託をしないことをもつて信義則に違反するものと云うことはできない。

五、結び

よつて、原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担については、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤巻昇 柿沼久 円井義弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例